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『騎士』(お話) [腐系]
以前に頂戴したRPG設定バトン(想像バトンだったか?)で希紫さんが、くろさんが騎士、希紫さん宅鷲庵さんが盗賊設定で書かれたSS(頂き物 『好敵手』希紫ルオン様)に感化されて書いた続きですw
若いながら騎士隊隊長のくろさんのお話。(…隊長クビになる話(笑)
『騎士』(2011/01/10~16)
アイツを追うようになって、どのくらいになっただろう。
世間を騒がす盗人のアイツは巷では義賊と称されている。
実際に盗られた金品の行く先を、俺の部下の有能なヤツに調べさせたところ、ほぼ全額が街の・・・その日に食うに困るような民等にばら撒かれていた。
彼らにとってアイツは英雄だ。
一日中、何十時間と働きづめに働いて、それでも家族全員にようやく古く堅くなったパンが口に入るかどうかと言う賃金しか与えられない彼らにとっては、国や 一部の貴族や金持ちこそが暴利を貪る悪であり、そんな一部の富豪から首尾良く盗みを働くアイツは、自分達の代わりに一矢報いてくれているように感じるのだ ろう。
事実。
アイツの撒いた盗んだ金銭で、どうにか腹を満たし生き延びた者は多かった。
親と死に別れたり捨てられたりした道端で生きる子供らも多く助けられているだろう。
・・・本来なら、国が救済措置を行わねばならぬ筈だと思いながら、俺は俺の職務を果たすため、アイツを追う。
理由はどうあれ、盗みは悪だ。
アイツのお陰で助かった者が多いのも事実だが、その損失を補充する為に、さらに雇用条件は悪化する。
アイツに狙われる金持ちは、そう言う方法で、財を成してきたヤツラばかりだから。
俺はアイツを捕まえねばならない。
それは、この国に仕える騎士としての職務だ。
でも・・・。
今日をどうにか生き延びて欲しいと願うこの国の半数に近い民を思えば・・・それが正しいと言い切れない自分が居る。
アイツが居なくなれば、弱いものが犠牲になる。
勿論、アイツが居たからとて、全ての貧困に喘ぐ者が助かる訳じゃない。
飢えによる死から数日逃れるに過ぎない事も多いだろう。
それでも、その日をどうにか生き延びる事の出きる人が居るのは事実だ。
アイツが居なくなれば、そうやって生き延びる事の出きる殆どの人はそこで終わる。
道端で生きる子供が、道端で命を終える子供が、増える。
食うために、その日を生き延びる為に身売りをして、それが人の値かと驚くような額で売買される者も増えるだろう。
・・・それでも、見逃すわけには、行かない。
「・・・・・・」
ぼんやりと、遠くで誰かの声がしたような気がしたけれど、それは思考の霞の向こうで、全てが曖昧だ。
「!!!」
途端に指先に痛みが走り現実に引き戻された。
ズキズキと痛む指先。
・・・そう言えば、爪、剥がされたんだっけ。
ぐい、と乱暴に髪を捕まれて上向かされ、椅子の背に後頭部を押しつけられて現状を認識する。
「・・・」
「眠っていただいては困ります、くろ殿。あなたへの質問はまだ終わっておりません」
城内勤務のピシリとした制服を着た男が冷たい声を放つ。
「例の、盗賊との関連を証言して下されば、事は済むのです」
「・・・==」
答えるが、声が掠れて言葉にならなかった。
「もう一度」
「 」
男に問われるままもう一度答えるが、今度は声も出ない。
俺に尋問する正面の男が面倒そうに息をついたのが聞こえ、ヤツの配下一人が俺を押さえている男とは反対隣から、つ、と口の端からほんの少しだけ水を流し込んだ。
水はぬるく僅かに口中を湿らせる程しか与えられず、唇から離れていく。
俺はたまらなく喉が乾いていて、思わず舌先を出してその後を追うが、吸い口はアッサリと離された。
「・・・ぁ・・・」
「返事を」
冷たい声が肯定すれば、冷たく美味い水をいくらでも与えると甘い響きを従えて俺をせかす。
「・・・」
そっと息を吐いてから答える返事は「NO」
「いい加減強情ですねぇ」
飽きたと言いたいようにクイと顎で合図を送る。
先ほど水を与えた男が、今度はカサカサに乾いてひび割れた俺の唇にゴツい指で濃い塩水をタップリと擦り込む。
反射的に顔を背けようとして、髪を掴んだままの男に改めて椅子の背に後頭部を押しつけられ、それ以上の反抗も出来ない。
・・・もっとも反抗など最初からするつもりは無い。
そんな事をすれば、俺が盗賊の仲間だと付け入る隙を与えるだけだ。
今はまだ、【任意による事情聴取】であって、決して【取り調べ】では無いのだ。
目に見えて無茶な自白は強要出来ない。
俺は、まだ犯罪者に荷担する男では無く、正面に居る男の同僚なのだから。
「くろ殿、いい加減強情ですねぇ?」
「何度尋ねられても、俺は国と民を裏切るような事はしていない。この先も、無い」
濃い塩水が咥内を潤して所々咳き込みながらでも、会話を可能にさせる。
「・・・。ワタシとしてもそうであれば良いと思っておりますよ。ただ、ワタシの所にもアナタが盗賊と内通している可能性があると情報の提供がございましてね」
「・・・」
「ああ、この方は善良な一般市民の方ですよ」
含みのある笑い。
「ワタシはひとまず場を離れます。オマエ達」
「はっ」
「心得ております」
そう言って男は部屋を後にした。
・・・街には敵が多い。
普通の一般市民もあの盗賊を追う俺ら騎士団の事は余り良く思われていない。だからと言って全て悪意で見られている訳でもない。・・・と、思う。
街で俺らを嫌っているのは、一部の富裕層だ。
特に俺の隊は金持ちだからって見逃す事も少ない。
そんな事を考えていると、ふと数週間前の事を思い出した。
町中の大通りに向かう道で、人身事故があった。
一目で金のかかった作りだと分かる馬車がイキナリ飛び出して来て、子供を庇った親が怪我をした。
御者は慌てたが、乗っていた太った男は馬車が汚れたと喚きだした。
曰く、怪我をした家族に対して賠償金を払えと言うのだ。
とても裕福そうには見えない家族は意識の無い男親を抱えてオロオロするばかりで、見るに見かねて俺が間に入った。
これ見よがしに騎士団の紋章が見えるように近づいて、馬車の事故だと話掛け、示談にしてやると袖の下を要求してやった。
丁度部下の一人が隊長と呼んだので、俺が例の盗賊の捕縛を担当していると分かったらしい。
「隊長さんでしたか・・・、アタシなんかよりも、あの盗人めをちゃんと捕まえて下さいよ。・・・それとも、噂通り、隊長さんが、あの盗人めを使ってるんじゃないでしょうねぇ」
などと皮肉を言いつつ金額を出し渋る。
「・・・只の噂だな。それはお前が流しているのか?」
「いえいえ。とんでもございません」
青くなって下を向く男に脅し半分で付け加える。
「俺があの盗賊と絡んでいるのなら、次はお前の家を狙おうか」
そう言ってニタリと笑うと、男は慌ててかなりの金額を袖の下として渡して来た。
俺はそれを受け取って、男と馬車を見逃す。
・・・あの位の金があれば、この事故などもみ消されるのが分かっている。
俺は被害にあった家族に今受け取った金をそのまま渡し「すまん」とその場を後にしたのだが・・・どうやら、そのネタが回り回って来たらしい。
「!っっ」
椅子の手すりに固定された手の指先に激痛が走る。
「くろ隊長殿。お休みになっては困ります」
「よく思い出していただかないと・・・」
後を任された男達が爪の剥がされた指先を弾いたらしい。
今のは眠った訳では無いけれど、少しでもウトウトすると今のように起こされる。
爪は何枚か剥がされた。
彼らの報告記録によると、書類を渡した際に怪我をした、となっていて、傷の手当てもなされている。
俺が事実と違うと主張しても、残念ながら俺以外の報告は統一されるだろう。
でも彼らの目的は俺を痛めつける事では無い。
彼らの目的は、俺を眠らせない事。
絶食と絶水と椅子に縛り付け、体の自由を奪う事で精神的優位に立ち、俺が根負けするのを待っているのだ。
これは地味だが、かなりキツイ。
部屋は時間の経過を曖昧にさせ、精神的なプレッシャーを与えるために鎧戸も窓もカーテンさえ締め切り、薄暗い明かりが灯されている。
眠りやすそうな明るさや環境にしておいて、叩き起こす状況を作り出す事も加味されている。
水は死なない程度に、決して喉の渇きを潤すことの無いように与えられる。
食事はなく、栄養は水に糖分を溶かした物で代用されているようで、時々僅かに甘いと感じる事がある。
生きられる限界ギリギリまで体力と精神力を削ぎ落とし、屈服させる方法。
相当な強者でも、この責め苦に耐えきるのは厳しい。
・・・書類上は、不眠不休で飲食の時間も惜しく事情聴取に協力。情報の漏洩防止策として少人数での聴取及び外界との遮断、とでもなっているのだろう。
俺が、未だに耐えていられるのは、拘留期間の限度があるのを知っているからだ。
俺の右腕を担う部下が帰ってくるれば拘留期間の延長などはさせない。
彼らもそれを知っているから、期間中に俺に証言させたいのだ。
秘密裏に証言した事にしても、必ずどこからか情報は漏れ、部下の影篤らが必ずでっち上げの証拠を上げるだろう。
しかし、いかなる手段を用いたとしても、俺が一度でも自供をすれば・・・認めたと言うことが事実になれば話は別だ。
だから彼らは影篤の帰る前に、と、少々強硬な手段で【事情聴取】を行っているのだ。
だが。
そろそろ拘留期間は終了するだろう。
確認するすべは無いが、俺の中でそろそろだと告げている。
もの凄く眠くて頭オカシクなりそうだけど、多分、きっと、根拠は無いけどそんな気がするから、もうちょっとだ。
頑張って耐えろ、俺。
そうやって更に時間が過ぎて何やらドアの外が騒がしくなる。
・・・影篤が、戻ったのかも知れない。
俺の置かれている現状をみると、アイツ逆上しかねんな・・・ちょっとヤバイかも。
そう思った頃、相手も同じ考えに至ったようだった。
椅子の手すりに固定されていた縄が外され、今度は体の前で両手をそろえて拘束される。
【任意による事情聴取】なので手枷では無いし、両手を揃えたと言ってもその間は30cmほどの余裕がある。
両手の間に張られた縄を引いて歩かせる為の物だけれど、体にかかる負担やバランスの取り易さを思うとありがたい。
何せ眠たくてただ立っているだけでもふらつく有様なのだ。
事情聴取に使われた部屋を出て、中庭に面した明るく開放的な廊下を歩く。
・・・城内の詰め所の一角でも使うつもりなのだろう。
それにしても。
回りがやけに騒がしい。
バタバタと人が走り回り、妙な殺気も紛れている。
影篤が戻った為の騒ぎでは無いらしい。
従順に縄を引かれながら歩き、回りの喧噪から出来るだけ多くの情報を収集する。
・・・城内に賊が侵入し、どこぞの高位士官が一番安心な場所として城内の自分の仕事部屋にため込んでいたかなりの額のお宝をゴッソリやられたらしい。
城内なら確かに安心だろうけど、そんなヘソクリ隠すなよ。
しかも、その賊はまだ城内に居て、この先の中庭に追いつめている最中だそうだ。
道の先が騒がしさを増した。
賊が居るのかも知れない。
低い建物なら3階ほどの高さに当たる2階の中庭に面した通路から下を覗くと、男が一人追いつめられている。
回りを囲まれ追いつめられては居るのだが、その身のこなしから相当な手練れであることが伺えた。
遠巻きに増える若い兵をその威圧感だけで牽制する。
迂闊に手を出して痛い目にあった者も多かったのだろう。
誰もそれ以上は近づくことが出来ず、一定の距離を置いて頭数を増やすばかりだが、追われている男の方は若い兵相手では充分に余裕があるようで、逃走経路を模索しているようだった。
しかし、城独特の高い作りの壁や塀が相手ではいつものように飛び越えたりは出来ず、足がかりを探しているようだ。
そう。
城内なのだから【いつものように】など行くはず無いのだ。
「貴様! そこに直れっ!」
下の、追われる男にむかって、有らん限りの大声で叫びながら、俺を移送していた男の腰からサーベルを引き抜く。
余りに突然の事で男が対処する間も無く男の手から縄を振り払い通路の手摺りを乗り越えて飛ぶ。
下にいる賊・・・アイツが俺の声と殺気に反応して半身をひねり俺を見上げ、目があった。
サーベルを両手に持ち上段から全体重をかけて振り下ろした。
完全な俺の間合い。
これだけの重さと早さがあるなら、頭から左右泣き別れになったに違いない。
残念ながら、俺にはその確認は出来なかった。
振り切った着地と同時に約3階から飛び降りた衝撃でそのまま意識を手放したからだ。
あれからしばらく、俺は自宅で療養をしている。
あの後目が覚めたら影篤がいて、とても機嫌が悪そうに事の次第を説明してくれた。
アイツにはまんまと逃げられた。
完全に俺の間合いだったのだが、獲物が俺のでは無かった。
ようするに、いつもの長剣とサーベルの長さの分、アイツには切っ先が届かなかったそうだ。
さらに、俺が飛び降りた先は飼い葉を乗せた大八車の端だった。
荷運用の馬は外されていたので、大きな車輪を軸にテコの原理で反対側の端を踏んでいたアイツを中空へ吹っ飛ばしてしまったらしい。
飛ばされた先の建物が人の出払った兵舎だったとかで、アイツはまんまと逃げ仰せたと言う事だ。
「逃げられたのか」
報告を聞いて影篤に漏らすと「狙ったのでしょう」と声に出さない苦笑が返った。
そんな訳で俺は、切り込んだ事で身の潔白を証明したとか、結果として逃走の手助けをしたのだからとか色々な臆測が飛び交う事になり面倒な事になった。
ふと人の気配を感じた。
自宅と言っても小さな屋敷で、普段の生活は城内にあてがわれた小さな部屋で済ませているから、自宅は年老いた執事と通いのメイドくらいしかいない。
そんな屋敷の余り手の掛からない作りの庭に、人の気配とは妙な話だ。
しかもこんな夜中となれば尚の事。
けれど、そこに居るのは誰なのかわかる気がした。
的外れなら恥ずかしい事この上無いが。
「怪我は無かったか」
振り向かずに問うと、少し考えるように間をおいて「ああ」と返事があった。
そのまましばらく沈黙が続く。
何か言いたそうな気配を感じるけれど敢えて問うことはしないで月見を楽しむ事にした。
その内に言い出せばその時に聞けばいい。
まだ時間はある。
「お?」
ふわりと後ろから抱きすくめられた。
敵意は無く、悪意も無い抱擁に、無理に解くこともせず言葉を待つ。
何か言いたいことがあるのだろう。
「あの時、助けたのだろう?」
その問いには黙ったまま肯定も否定もしない。
「目があったからな。わかる」
「・・・そうか。バレてたのか」
上から見た時にアイツの足下に大八車があるのが見えたからわざと大声を出して、こちらに注意を向かせた。
運良く足がかかれば逃走の手助けになるだろうと踏んで、切りかかる事を理由にサーベルを選んで飛んだ。
そっか。
バレてたか。
「・・・鷲庵」
「?」
「俺の、名」
「名を呼ぶときは、捕まえた時だと言ったと思ったが」
「いい。もう・・・ったから」
「? なに?」
「呼んでくれ」
途中何を言ったのか聞き取れなかったので聞き返すが、返事は無く先を促された。
「鷲庵」
緩く回されていた鷲庵の腕がピクリと反応した。
「鷲庵、な。名前知っちまったから上へ報告しなきゃならんのだが・・・」
「覚悟は、出来てる」
「そうか。それは残念」
「?」
「今度の一件で、俺はお前の担当を外された。上司の令でな、あちこち国内外を回ることになった。栄転なんだか左遷なんだか・・・。そんな訳で、お前を捕まえる責任も報告の義務も無くなったんだ」
鷲庵の緩い抱擁をすり抜けて振り返り、まっすぐにその顔を見つめるが、月明かりが丁度雲に影ってその表情までは見えなかった。
「俺はもう休む。お前もさっさと帰れよ? 後、この間みたいなヘマは踏むなよ、流石に担当を外されたら手が出せないからな」
そう言って笑うとサァと光が差し、つられて空を見上げると、雲が風に流されて月がもう一度その姿を現していた。
こうやって見ると、月ってのは案外明るいものだ。
「じゃあな。オヤスミ」
屋敷に向かって歩き出しながら後ろにいる鷲庵に軽く手を振る。
体力が戻り次第出立する事になるだろう。
なるべく早く体調を戻さねば・・・。
屋敷の手前でもう一度、振り返らずに片手をあげて軽く手を振る。
・・・何となく、アイツがまだこっちを見ているような気がしたから。
===おわり
隊長でもちょっくら苦労人気味のくろさんw
国(国民)の為に働くのは誇りだったけど、転任させられて気持ちは自由になった様子ですw
騎士くろさんは上手に(?)鷲庵さんを振りまわしていますw(楽しい、鷲庵さん可愛いv
若いながら騎士隊隊長のくろさんのお話。(…隊長クビになる話(笑)
『騎士』(2011/01/10~16)
アイツを追うようになって、どのくらいになっただろう。
世間を騒がす盗人のアイツは巷では義賊と称されている。
実際に盗られた金品の行く先を、俺の部下の有能なヤツに調べさせたところ、ほぼ全額が街の・・・その日に食うに困るような民等にばら撒かれていた。
彼らにとってアイツは英雄だ。
一日中、何十時間と働きづめに働いて、それでも家族全員にようやく古く堅くなったパンが口に入るかどうかと言う賃金しか与えられない彼らにとっては、国や 一部の貴族や金持ちこそが暴利を貪る悪であり、そんな一部の富豪から首尾良く盗みを働くアイツは、自分達の代わりに一矢報いてくれているように感じるのだ ろう。
事実。
アイツの撒いた盗んだ金銭で、どうにか腹を満たし生き延びた者は多かった。
親と死に別れたり捨てられたりした道端で生きる子供らも多く助けられているだろう。
・・・本来なら、国が救済措置を行わねばならぬ筈だと思いながら、俺は俺の職務を果たすため、アイツを追う。
理由はどうあれ、盗みは悪だ。
アイツのお陰で助かった者が多いのも事実だが、その損失を補充する為に、さらに雇用条件は悪化する。
アイツに狙われる金持ちは、そう言う方法で、財を成してきたヤツラばかりだから。
俺はアイツを捕まえねばならない。
それは、この国に仕える騎士としての職務だ。
でも・・・。
今日をどうにか生き延びて欲しいと願うこの国の半数に近い民を思えば・・・それが正しいと言い切れない自分が居る。
アイツが居なくなれば、弱いものが犠牲になる。
勿論、アイツが居たからとて、全ての貧困に喘ぐ者が助かる訳じゃない。
飢えによる死から数日逃れるに過ぎない事も多いだろう。
それでも、その日をどうにか生き延びる事の出きる人が居るのは事実だ。
アイツが居なくなれば、そうやって生き延びる事の出きる殆どの人はそこで終わる。
道端で生きる子供が、道端で命を終える子供が、増える。
食うために、その日を生き延びる為に身売りをして、それが人の値かと驚くような額で売買される者も増えるだろう。
・・・それでも、見逃すわけには、行かない。
「・・・・・・」
ぼんやりと、遠くで誰かの声がしたような気がしたけれど、それは思考の霞の向こうで、全てが曖昧だ。
「!!!」
途端に指先に痛みが走り現実に引き戻された。
ズキズキと痛む指先。
・・・そう言えば、爪、剥がされたんだっけ。
ぐい、と乱暴に髪を捕まれて上向かされ、椅子の背に後頭部を押しつけられて現状を認識する。
「・・・」
「眠っていただいては困ります、くろ殿。あなたへの質問はまだ終わっておりません」
城内勤務のピシリとした制服を着た男が冷たい声を放つ。
「例の、盗賊との関連を証言して下されば、事は済むのです」
「・・・==」
答えるが、声が掠れて言葉にならなかった。
「もう一度」
「 」
男に問われるままもう一度答えるが、今度は声も出ない。
俺に尋問する正面の男が面倒そうに息をついたのが聞こえ、ヤツの配下一人が俺を押さえている男とは反対隣から、つ、と口の端からほんの少しだけ水を流し込んだ。
水はぬるく僅かに口中を湿らせる程しか与えられず、唇から離れていく。
俺はたまらなく喉が乾いていて、思わず舌先を出してその後を追うが、吸い口はアッサリと離された。
「・・・ぁ・・・」
「返事を」
冷たい声が肯定すれば、冷たく美味い水をいくらでも与えると甘い響きを従えて俺をせかす。
「・・・」
そっと息を吐いてから答える返事は「NO」
「いい加減強情ですねぇ」
飽きたと言いたいようにクイと顎で合図を送る。
先ほど水を与えた男が、今度はカサカサに乾いてひび割れた俺の唇にゴツい指で濃い塩水をタップリと擦り込む。
反射的に顔を背けようとして、髪を掴んだままの男に改めて椅子の背に後頭部を押しつけられ、それ以上の反抗も出来ない。
・・・もっとも反抗など最初からするつもりは無い。
そんな事をすれば、俺が盗賊の仲間だと付け入る隙を与えるだけだ。
今はまだ、【任意による事情聴取】であって、決して【取り調べ】では無いのだ。
目に見えて無茶な自白は強要出来ない。
俺は、まだ犯罪者に荷担する男では無く、正面に居る男の同僚なのだから。
「くろ殿、いい加減強情ですねぇ?」
「何度尋ねられても、俺は国と民を裏切るような事はしていない。この先も、無い」
濃い塩水が咥内を潤して所々咳き込みながらでも、会話を可能にさせる。
「・・・。ワタシとしてもそうであれば良いと思っておりますよ。ただ、ワタシの所にもアナタが盗賊と内通している可能性があると情報の提供がございましてね」
「・・・」
「ああ、この方は善良な一般市民の方ですよ」
含みのある笑い。
「ワタシはひとまず場を離れます。オマエ達」
「はっ」
「心得ております」
そう言って男は部屋を後にした。
・・・街には敵が多い。
普通の一般市民もあの盗賊を追う俺ら騎士団の事は余り良く思われていない。だからと言って全て悪意で見られている訳でもない。・・・と、思う。
街で俺らを嫌っているのは、一部の富裕層だ。
特に俺の隊は金持ちだからって見逃す事も少ない。
そんな事を考えていると、ふと数週間前の事を思い出した。
町中の大通りに向かう道で、人身事故があった。
一目で金のかかった作りだと分かる馬車がイキナリ飛び出して来て、子供を庇った親が怪我をした。
御者は慌てたが、乗っていた太った男は馬車が汚れたと喚きだした。
曰く、怪我をした家族に対して賠償金を払えと言うのだ。
とても裕福そうには見えない家族は意識の無い男親を抱えてオロオロするばかりで、見るに見かねて俺が間に入った。
これ見よがしに騎士団の紋章が見えるように近づいて、馬車の事故だと話掛け、示談にしてやると袖の下を要求してやった。
丁度部下の一人が隊長と呼んだので、俺が例の盗賊の捕縛を担当していると分かったらしい。
「隊長さんでしたか・・・、アタシなんかよりも、あの盗人めをちゃんと捕まえて下さいよ。・・・それとも、噂通り、隊長さんが、あの盗人めを使ってるんじゃないでしょうねぇ」
などと皮肉を言いつつ金額を出し渋る。
「・・・只の噂だな。それはお前が流しているのか?」
「いえいえ。とんでもございません」
青くなって下を向く男に脅し半分で付け加える。
「俺があの盗賊と絡んでいるのなら、次はお前の家を狙おうか」
そう言ってニタリと笑うと、男は慌ててかなりの金額を袖の下として渡して来た。
俺はそれを受け取って、男と馬車を見逃す。
・・・あの位の金があれば、この事故などもみ消されるのが分かっている。
俺は被害にあった家族に今受け取った金をそのまま渡し「すまん」とその場を後にしたのだが・・・どうやら、そのネタが回り回って来たらしい。
「!っっ」
椅子の手すりに固定された手の指先に激痛が走る。
「くろ隊長殿。お休みになっては困ります」
「よく思い出していただかないと・・・」
後を任された男達が爪の剥がされた指先を弾いたらしい。
今のは眠った訳では無いけれど、少しでもウトウトすると今のように起こされる。
爪は何枚か剥がされた。
彼らの報告記録によると、書類を渡した際に怪我をした、となっていて、傷の手当てもなされている。
俺が事実と違うと主張しても、残念ながら俺以外の報告は統一されるだろう。
でも彼らの目的は俺を痛めつける事では無い。
彼らの目的は、俺を眠らせない事。
絶食と絶水と椅子に縛り付け、体の自由を奪う事で精神的優位に立ち、俺が根負けするのを待っているのだ。
これは地味だが、かなりキツイ。
部屋は時間の経過を曖昧にさせ、精神的なプレッシャーを与えるために鎧戸も窓もカーテンさえ締め切り、薄暗い明かりが灯されている。
眠りやすそうな明るさや環境にしておいて、叩き起こす状況を作り出す事も加味されている。
水は死なない程度に、決して喉の渇きを潤すことの無いように与えられる。
食事はなく、栄養は水に糖分を溶かした物で代用されているようで、時々僅かに甘いと感じる事がある。
生きられる限界ギリギリまで体力と精神力を削ぎ落とし、屈服させる方法。
相当な強者でも、この責め苦に耐えきるのは厳しい。
・・・書類上は、不眠不休で飲食の時間も惜しく事情聴取に協力。情報の漏洩防止策として少人数での聴取及び外界との遮断、とでもなっているのだろう。
俺が、未だに耐えていられるのは、拘留期間の限度があるのを知っているからだ。
俺の右腕を担う部下が帰ってくるれば拘留期間の延長などはさせない。
彼らもそれを知っているから、期間中に俺に証言させたいのだ。
秘密裏に証言した事にしても、必ずどこからか情報は漏れ、部下の影篤らが必ずでっち上げの証拠を上げるだろう。
しかし、いかなる手段を用いたとしても、俺が一度でも自供をすれば・・・認めたと言うことが事実になれば話は別だ。
だから彼らは影篤の帰る前に、と、少々強硬な手段で【事情聴取】を行っているのだ。
だが。
そろそろ拘留期間は終了するだろう。
確認するすべは無いが、俺の中でそろそろだと告げている。
もの凄く眠くて頭オカシクなりそうだけど、多分、きっと、根拠は無いけどそんな気がするから、もうちょっとだ。
頑張って耐えろ、俺。
そうやって更に時間が過ぎて何やらドアの外が騒がしくなる。
・・・影篤が、戻ったのかも知れない。
俺の置かれている現状をみると、アイツ逆上しかねんな・・・ちょっとヤバイかも。
そう思った頃、相手も同じ考えに至ったようだった。
椅子の手すりに固定されていた縄が外され、今度は体の前で両手をそろえて拘束される。
【任意による事情聴取】なので手枷では無いし、両手を揃えたと言ってもその間は30cmほどの余裕がある。
両手の間に張られた縄を引いて歩かせる為の物だけれど、体にかかる負担やバランスの取り易さを思うとありがたい。
何せ眠たくてただ立っているだけでもふらつく有様なのだ。
事情聴取に使われた部屋を出て、中庭に面した明るく開放的な廊下を歩く。
・・・城内の詰め所の一角でも使うつもりなのだろう。
それにしても。
回りがやけに騒がしい。
バタバタと人が走り回り、妙な殺気も紛れている。
影篤が戻った為の騒ぎでは無いらしい。
従順に縄を引かれながら歩き、回りの喧噪から出来るだけ多くの情報を収集する。
・・・城内に賊が侵入し、どこぞの高位士官が一番安心な場所として城内の自分の仕事部屋にため込んでいたかなりの額のお宝をゴッソリやられたらしい。
城内なら確かに安心だろうけど、そんなヘソクリ隠すなよ。
しかも、その賊はまだ城内に居て、この先の中庭に追いつめている最中だそうだ。
道の先が騒がしさを増した。
賊が居るのかも知れない。
低い建物なら3階ほどの高さに当たる2階の中庭に面した通路から下を覗くと、男が一人追いつめられている。
回りを囲まれ追いつめられては居るのだが、その身のこなしから相当な手練れであることが伺えた。
遠巻きに増える若い兵をその威圧感だけで牽制する。
迂闊に手を出して痛い目にあった者も多かったのだろう。
誰もそれ以上は近づくことが出来ず、一定の距離を置いて頭数を増やすばかりだが、追われている男の方は若い兵相手では充分に余裕があるようで、逃走経路を模索しているようだった。
しかし、城独特の高い作りの壁や塀が相手ではいつものように飛び越えたりは出来ず、足がかりを探しているようだ。
そう。
城内なのだから【いつものように】など行くはず無いのだ。
「貴様! そこに直れっ!」
下の、追われる男にむかって、有らん限りの大声で叫びながら、俺を移送していた男の腰からサーベルを引き抜く。
余りに突然の事で男が対処する間も無く男の手から縄を振り払い通路の手摺りを乗り越えて飛ぶ。
下にいる賊・・・アイツが俺の声と殺気に反応して半身をひねり俺を見上げ、目があった。
サーベルを両手に持ち上段から全体重をかけて振り下ろした。
完全な俺の間合い。
これだけの重さと早さがあるなら、頭から左右泣き別れになったに違いない。
残念ながら、俺にはその確認は出来なかった。
振り切った着地と同時に約3階から飛び降りた衝撃でそのまま意識を手放したからだ。
あれからしばらく、俺は自宅で療養をしている。
あの後目が覚めたら影篤がいて、とても機嫌が悪そうに事の次第を説明してくれた。
アイツにはまんまと逃げられた。
完全に俺の間合いだったのだが、獲物が俺のでは無かった。
ようするに、いつもの長剣とサーベルの長さの分、アイツには切っ先が届かなかったそうだ。
さらに、俺が飛び降りた先は飼い葉を乗せた大八車の端だった。
荷運用の馬は外されていたので、大きな車輪を軸にテコの原理で反対側の端を踏んでいたアイツを中空へ吹っ飛ばしてしまったらしい。
飛ばされた先の建物が人の出払った兵舎だったとかで、アイツはまんまと逃げ仰せたと言う事だ。
「逃げられたのか」
報告を聞いて影篤に漏らすと「狙ったのでしょう」と声に出さない苦笑が返った。
そんな訳で俺は、切り込んだ事で身の潔白を証明したとか、結果として逃走の手助けをしたのだからとか色々な臆測が飛び交う事になり面倒な事になった。
ふと人の気配を感じた。
自宅と言っても小さな屋敷で、普段の生活は城内にあてがわれた小さな部屋で済ませているから、自宅は年老いた執事と通いのメイドくらいしかいない。
そんな屋敷の余り手の掛からない作りの庭に、人の気配とは妙な話だ。
しかもこんな夜中となれば尚の事。
けれど、そこに居るのは誰なのかわかる気がした。
的外れなら恥ずかしい事この上無いが。
「怪我は無かったか」
振り向かずに問うと、少し考えるように間をおいて「ああ」と返事があった。
そのまましばらく沈黙が続く。
何か言いたそうな気配を感じるけれど敢えて問うことはしないで月見を楽しむ事にした。
その内に言い出せばその時に聞けばいい。
まだ時間はある。
「お?」
ふわりと後ろから抱きすくめられた。
敵意は無く、悪意も無い抱擁に、無理に解くこともせず言葉を待つ。
何か言いたいことがあるのだろう。
「あの時、助けたのだろう?」
その問いには黙ったまま肯定も否定もしない。
「目があったからな。わかる」
「・・・そうか。バレてたのか」
上から見た時にアイツの足下に大八車があるのが見えたからわざと大声を出して、こちらに注意を向かせた。
運良く足がかかれば逃走の手助けになるだろうと踏んで、切りかかる事を理由にサーベルを選んで飛んだ。
そっか。
バレてたか。
「・・・鷲庵」
「?」
「俺の、名」
「名を呼ぶときは、捕まえた時だと言ったと思ったが」
「いい。もう・・・ったから」
「? なに?」
「呼んでくれ」
途中何を言ったのか聞き取れなかったので聞き返すが、返事は無く先を促された。
「鷲庵」
緩く回されていた鷲庵の腕がピクリと反応した。
「鷲庵、な。名前知っちまったから上へ報告しなきゃならんのだが・・・」
「覚悟は、出来てる」
「そうか。それは残念」
「?」
「今度の一件で、俺はお前の担当を外された。上司の令でな、あちこち国内外を回ることになった。栄転なんだか左遷なんだか・・・。そんな訳で、お前を捕まえる責任も報告の義務も無くなったんだ」
鷲庵の緩い抱擁をすり抜けて振り返り、まっすぐにその顔を見つめるが、月明かりが丁度雲に影ってその表情までは見えなかった。
「俺はもう休む。お前もさっさと帰れよ? 後、この間みたいなヘマは踏むなよ、流石に担当を外されたら手が出せないからな」
そう言って笑うとサァと光が差し、つられて空を見上げると、雲が風に流されて月がもう一度その姿を現していた。
こうやって見ると、月ってのは案外明るいものだ。
「じゃあな。オヤスミ」
屋敷に向かって歩き出しながら後ろにいる鷲庵に軽く手を振る。
体力が戻り次第出立する事になるだろう。
なるべく早く体調を戻さねば・・・。
屋敷の手前でもう一度、振り返らずに片手をあげて軽く手を振る。
・・・何となく、アイツがまだこっちを見ているような気がしたから。
===おわり
隊長でもちょっくら苦労人気味のくろさんw
国(国民)の為に働くのは誇りだったけど、転任させられて気持ちは自由になった様子ですw
騎士くろさんは上手に(?)鷲庵さんを振りまわしていますw(楽しい、鷲庵さん可愛いv
騎士隊長なくろさんww 男前。
確かにくろさん上手に振り回されておりますよね、鷲庵。
でも、それはそれで鷲庵だって楽しいんだろうに。
by 希紫ルオン (2012-10-21 09:32)
■希紫ルオン さま
隊長くろさんは男前ですよね~w
そして人付き合いが上手で振りまわしてます(笑)
鷲庵さんはそれでも楽しいですよねvvv
これからが楽しみなのです(>v<///
by ゆきじ (2012-10-28 01:32)